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大阪地方裁判所 昭和43年(む)17号 決定 1968年2月19日

申立人 南海電気鉄道株式会社

決  定 <申立人氏名略>

被告人杉本佳紀に対する業務上過失致死傷被告事件に関し、申立人の所有する別紙第一記載の各物件に対して大阪地方検察庁検察官がした領置処分につき、昭和四三年一月一七日申立人代理人から準抗告の申立があつたので、次のとおり決定する。

主文

大阪地方検察庁検察官がした別紙第一記載<省略>の物件に対する領置処分は、いずれもこれを取消す。

右物件を申立人に還付することを命ずる。

理由

(申立の理由と意見の内容)

本件準抗告の申立の理由は、別紙第二記載<省略>のとおりである。当裁判所は、事案の性質に鑑みて、検察官および申立人に意見書の提出を求めたところ、検察官・申立人はそれぞれ別紙第三・同第四の意見書<省略>を提出した。

(事実関係)

一件記録及び取寄せた被告人杉本佳紀に対する起訴状によると、次のような事実が認められる。

(一)  申立人会社に電車運転士として勤務している杉本佳紀は、昭和四二年四月一日午後七時二五分頃、難波発和歌山市行五輛編成急行電車を運転して走行中、大阪府泉南郡泉南町男里九八二の一番地先樽井第九号踏切において、同踏切上でエンジンストツプを起して立往生していた大型貨物自動車に激突し、その衝撃で電車は脱線暴走して第一輛目と第二輛目の各車輛は男里川鉄橋上より同川々原に転落するなどの事故が発生し、この事故によつて乗客に四名の死者と多数の負傷者が出た。大阪地方検察庁検察官は右事故の刑事責任について捜査した結果、昭和四二年一二月二六日、杉本佳紀を業務上過失致死傷被告事件の被告人として、同人に対する公訴を大阪地方裁判所に提起した。

(二)  別紙第一記載<省略>の物件(以下本件物件という)は、いずれも申立人の所有物であるが、番号1乃至3の各物件は前記五輛編成の事故電車の第一輛目、番号4の物件は第二輛目を構成していたものであり、大阪地方検察庁検察官は右各物件を本件事件の証拠品として必要と認め、次のとおりいずれも適法にこれを領置した。

(1)  電車第一一〇一八号車一輛(本件物件番号1)

・昭和四二年四月二日申立人会社羽倉崎検車区長萩原博司任意提出

・同日大阪府警察本部司法警察員領置

・同年同月一九日、司法警察員より右萩原博司に同物件の保管を委託し、同日同人はこれを受託し、羽倉崎検車区第七番線で保管中

・大阪地方検察庁検察官に領置替え(領置番号)大阪地方検察庁、昭和四二年四月二六日受付、庁外検領四二年第二九号符号二五

(2)  電車第一一〇一八号車輛の第一軸台車一輛(本件物件番号2)、(1) と同じ。但し(領置番号)庁外検領四二年第二九号符号二六

(3)  電車第一一〇一八号車輛の密着式小型自動連結器NOB=型二個(本件物件番号3)

・昭和四二年四月一九日前記萩原博司任意提出

・同日大阪府警察本部司法警察員領置

・同日司法警察員より右萩原博司に同物件の保管を委託し、同日同人はこれを受託し、羽倉崎検車区第七番線で保管中

・大阪地方検察庁検察官に領置替え(領置番号)大阪地方検察庁、昭和四二年四月二六日受付、庁外検領四二年第二九号符号三三

(4)  電車第一一一一四号車一輛(本件物件番号4)

・昭和四二年五月四日前記萩原博司任意提出

・同日大阪府泉南警察署司法巡査領置

・同日司法巡査より右萩原博司に同物件の保管を委託し、同日同人はこれを受託し、天下茶屋車庫で保管中

・大阪地方検察庁検察官に領置替え(領置番号)大阪地方検察庁、昭和四二年一二月一九日受付、庁外検領四二年第二九号符号三四

(検察官の領置処分継続の必要性の有無についての判断)

(一)  検察官は、公判で再鑑定が実施されることになつた場合、本件物件の存在が不可欠の要件となつてくると主張するが、

すでに捜査段階において事故当時を想定して実施された電車運転士の踏切上の大型貨物自動車発見可能地点、電車の制動距離、電車の停止可能地点等についての実験及びこれらの実験を資料とした被告人杉本佳紀の過失責任に関する鑑定も、すべて事故車輛と同種同型の電車を使用して行なわれているのであつて、本件物件はその用に供されていない。本件物件は、事故直前の状態に比較して、かなりの程度に破損変形しているものと認められ、かつ現状では運行不可能な状態にあるため、かりに再鑑定が実施されるにしても、本件物件が事故直前の状態を想定して行なわれる各種実験または鑑定の資料としてその用に供しうるものとは考えられない。

(二)  つぎに検察官は、事故車輛が大型貨物自動車と衝突した際に加えられた破壊エネルギーと進行方向に加えられた抵抗力との関係を再鑑定により明らかにする必要も予想されると主張するが、本件物件は大型貨物自動車と衝突した後、脱線して鉄橋下へ転落転覆したものであつて、本件物件に存する損傷は右衝突により生じたものと脱線、転落、転覆により生じたものとが混同しているため(さらに事故後の措置によるものや自然損傷も加わるであろう)、仮りに右鑑定が必要として実施されるにしても、本件物件が現状のままでその資料として使用できるものとは考えられない。

(三)  さらに検察官は、公判審理の段階において本件事件の被害状況などを明らかにするため、裁判所に対して本件物件の検証を申請する予定であると主張する。申立人が本件物件の領置処分の継続に異議のない状態で公判審理の段階にいたつた場合には、検察官の申請によつて右のような検証が実施されることがあるかもしれないが、すでに本件事故発生の直後に詳細な実況見分が実施され、その調書には本件物件の損傷状況なども写真の利用等によつて克明に記録されているのであつて、右実況見分調書の取調請求により検察官の右のような目的は達せられるものと考えられる。

(四)  以上により、領置処分を継続すべきであるとする検察官の主張は、いずれも十分に首肯できるものでなく、その他一件記録を精査検討しても、検察官が本件物件の領置を継続すべき必要性を見い出すことができない。

(五)  一方、本件物件は破損度がひどく、現状では到底運行の用に供し得ないことは既述のとおりであるが、本件物件は相当高価なものであり、このまま長期間放置すると発銹、絶縁劣化等のため、解体修理によつて使用可能な機器までも朽して申立人に対する損害を一層増大することは容易に推測できるところであつて、申立人が本件物件の返還を求めることには、相当の理由があると認められるのである。

(結論)

以上、諸般の点を総合考察すると、大阪地方検察庁検察官のした本件物件に対する領置処分をさらに継続する必要性はこれを認めることができないので、結局申立人の本件申立は理由があるものとして、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判官 児島武雄 中田耕三 上野利隆)

別紙第一、第二、第三、第四<省略>

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